最近、新聞やニュースを読んでいると、やたらと「文脈」という言葉を目にする気がします。
「この発言が出てきた文脈を考える必要がある」
「当時の社会的文脈を踏まえると……」
「歴史的文脈の中で捉えるべきだ」
うん、言いたいことはなんとなく分かります。
でも、ふと思ったんです。
「文脈」って、そもそも文章の前後関係のことちゃうかったっけ?
国語の授業で、
「この言葉の意味を文脈から考えなさい」
と言われたら、前後の文章を読んで意味を考える。
英語の長文問題でも同じです。
ところが最近は、文章どころか政治にも経済にも歴史にも社会問題にも「文脈」が登場します。
「この政策が生まれた文脈」
なんて言われると、
政策に前後の文章なんかあるんかいな?
と、ちょっと気になります。
そこで調べてみると、どうやら英語の context が関係していそうなんです。
「文脈=context」やけど、完全にイコールではない
英和辞典で context を調べれば、まず出てくる訳語の一つが「文脈」です。
たとえば、
You can guess the meaning from the context.
なら、
「文脈から意味を推測できます」
でまったく問題ありません。
ところが英語では、こんな使い方もします。
We need to understand the historical context.
直訳すれば、
「歴史的文脈を理解する必要がある」
となります。
もちろん日本語として間違いではありません。
でも、
「その歴史的背景を理解する必要がある」
と言ったほうが分かりやすい場合もありますよね。
同じように、
social context
→ 社会的文脈、社会的背景、社会状況
cultural context
→ 文化的文脈、文化的背景
といった具合です。
つまり、
context = 文脈
と機械的に置き換えられるわけではないんですね。
英語の context のほうが、日本語で昔から使われてきた「文脈」より守備範囲が広いわけです。
contextは「一緒に織られたもの」
ここで語源を調べてみると、これがなかなか面白い。
context はラテン語の contextus に由来します。
もとをたどると、
con- = 一緒に
texere = 織る
という言葉につながります。
つまり、もともとのイメージは、
「一緒に織られたもの」
なんですね。
ちなみに text(文章)も同じ「織る」系統の言葉です。
これを知ると、context の意味が急に分かりやすくなります。
ある政治家が、
「増税も選択肢です」
と言ったとします。
この一言だけネットで拡散されたら、
「増税する気満々やないか!」
となるかもしれません。
ところが、その直前に、
「現時点では増税は必要ないと考えています。ただし、将来、財政状況が著しく悪化した場合には……」
と言っていたとしたら、意味はかなり変わります。
さらに、
誰からの質問に答えたのか。
どんな議論をしていたのか。
そのときの経済状況はどうだったのか。
その政治家はそれまで何を主張していたのか。
こうしたものが全部、糸のようにつながっている。
その「織物」全体が context なんです。
「背景」と言ったらアカンの?
ここで、もう一つ疑問が出てきます。
「それやったら『背景』でええんちゃうの?」
たしかに、多くの場合は「背景」で十分です。
ただし、「背景」と「文脈」には少しニュアンスの違いがあります。
たとえば、
「彼の発言には、会社の業績悪化という背景がある」
なら、業績悪化という事情に注目しています。
一方、
「彼の発言を文脈から切り離して批判すべきではない」
となると、
その前に何があったのか。
誰に対して言ったのか。
何について話していたのか。
どんな立場で発言したのか。
そこまで含めて考えましょう、という意味になります。
つまり「背景」が出来事の後ろにある事情だとすれば、「文脈」は、
その出来事を取り巻く複数の事情と、そのつながり
まで含んでいる。
だから「文脈から切り取る」という言い方ができるんですね。
糸でつながっていたものを、ハサミでチョキンと切り取ってしまう。
そうすると、同じ発言でもまったく違って見えることがあります。
SNSなんかでは、まさにこれが起こりやすいですよね。
日本語の「文脈」がcontextに引っ張られた?
ここからが、今回いちばん面白いところです。
日本語の「文脈」は、もともと文章の脈絡や前後関係という意味が中心でした。
一方、英語の context はもっと広い。
文章だけでなく、
社会状況。
歴史的背景。
文化。
政治状況。
人間関係。
それまでの経緯。
こうしたものにも普通に使われます。
そして海外の論文やニュース、ビジネス用語などが大量に日本語に入ってくる中で、
英語のcontextが持っていた広い意味が、日本語の「文脈」にも入り込んできたのではないか。
そう考えると、
「社会的文脈」
「歴史的文脈」
「この政策が生まれた文脈」
といった表現が増えてきたことも納得できます。
もちろん、
「日本語の『文脈』の意味が広がったのは、全部英語のせいや!」
とまで断定するのは乱暴です。
言葉の変化はそんなに単純ではありません。
ただ、英語の context の使われ方が、日本語の「文脈」の守備範囲を広げる一つの力になった、と考えるのは自然でしょう。
こういう日本語、実はほかにもありそう
こうして考えてみると、面白いのは「文脈」だけではありません。
外国語を日本語に訳すとき、二つの言葉の意味が最初からピッタリ重なっているとは限りません。
「まあ、これが一番近いやろ」
という日本語を訳語として当てる。
それが何十年も使われる。
すると今度は、外国語が持っていた意味や使い方が、訳語の日本語にも少しずつ入り込んでくる。
つまり、
外国語を日本語に翻訳しているつもりが、いつの間にか外国語のほうが日本語を変えている。
なんとも面白い話です。
「最近、『文脈』って言葉、よう見るなあ」
最初はそれだけの疑問でした。
でも調べてみると、その後ろには英語の context があり、さらにラテン語までさかのぼると「一緒に織る」というイメージにたどり着きました。
いろんな言葉や文化や時代が絡み合って、現在の「文脈」という言葉ができている。
そう考えると――
「文脈」という言葉そのものが、めちゃくちゃ文脈的やないか。
……というところで、今回はおしまいです。
