先日、高校生の生徒さんと話をしていたときのことです。
「QOL」という言葉が出てきたので説明しようとすると、生徒さんからこんな言葉が返ってきました。
「QOLって、TikTokでよく使いますよ」
えっ、QOLってTikTokで使うんや。
私にとってQOL(Quality of Life)は、「生活の質」「人生の質」を意味する言葉です。特に医療や看護、福祉などの分野でよく登場します。
たとえば医療では、単に「病気を治す」「寿命を延ばす」だけではなく、その人がどのような生活を送り、どの程度の満足感や充実感を得られているかも重要です。
身体的な健康だけでなく、心理状態、自立した生活、人間関係、社会とのつながり、本人の価値観なども含めて考える。それが本来のQOLという概念です。
ところが、TikTokなどのSNSでは少し違った使われ方をしているようです。
「これ買ったらQOL上がった」
「部屋にプロジェクター置いたらQOL爆上がり」
「推しがいるだけでQOL上がる」
要するに、
「毎日の生活がちょっと快適になった」
「生活が楽しくなった」
「幸せ度が上がった」
くらいの意味で使われているわけです。
若者の使い方は「間違い」なのか?
では、これは本来のQOLの誤用なのでしょうか。
私は、そうとも言い切れないと思います。
たとえば、
「食洗機を買ったらQOLが上がった」
としましょう。
食洗機を買う
↓
家事の時間が減る
↓
自由な時間が増える
↓
ストレスが減る
↓
生活に余裕ができる
こう考えていけば、確かに「生活の質」は向上しています。
つまりSNSでは、この途中の説明を全部省略して、
「食洗機買った。QOL爆上がり!」
と言っているわけです。
そう考えると、意外と理にかなっています。
本来の意味から完全に離れてしまったというより、
学術的な「生活・人生全体の質」という概念が、日常生活の「快適さ」「満足感」という意味に軽量化された
と考えるのが適切でしょう。
学術用語が日常語になるのは面白い
言葉は専門家だけのものではありません。
専門的な言葉が社会に広がると、少しずつ意味を変えながら日常語になっていくことがあります。
「コスパ」「タイパ」「エビデンス」などもそうでしょう。
そして今、「QOL」も高校生がTikTokで普通に目にする言葉になっています。
これはなかなか興味深い現象です。
しかも、私はここに教育上の大きなヒントがあると思っています。
高校生にとって「QOL」という言葉がすでに身近なのであれば、それを入り口にして本来の学術的な意味を教えればいいのです。
「TikTokで『QOL爆上がり』って言うやろ? 実はそのQOL、看護系の小論文にもめちゃくちゃ出てくる言葉やで」
こう言えば、少し堅そうな話にも興味を持ってくれるかもしれません。
小論文では「QOL爆上がり」では済まない
特に看護・医療系の小論文では、QOLは重要なキーワードです。
「患者のQOLを向上させることが重要である」
という文章はよく見かけます。
しかし、小論文でこの一文を書くだけでは不十分です。
「では、患者のQOLとは具体的に何なのか?」
と考える必要があります。
痛みが少ないことなのか。
自分で食事や着替えができることなのか。
家族と過ごせることなのか。
仕事や趣味を続けられることなのか。
あるいは、本人が「自分らしく生きている」と感じられることなのか。
QOLを考えるということは、単に病気や身体を見るのではなく、その人の生活、価値観、そして人生そのものを見ることにつながります。
ここまで考えられると、「患者のQOLを大切にしたい」という言葉にも深みが出てきます。
高校生から教わることも多い
今回、私にとって面白かったのは、
「QOLという言葉を高校生が知っていた」
こと以上に、
「私とは違う場所でその言葉に出会っていた」
ということでした。
私は医療・看護や小論文の教材を通してQOLという言葉に接しています。
一方、高校生はTikTokで「QOL爆上がり」という言葉に出会っています。
同じ言葉なのに、入口がまったく違う。
でも、その二つは決して無関係ではありません。
TikTokの「QOL上がった」から出発して、
「そもそもQuality of Lifeって何だろう?」
「良い生活って何だろう?」
「健康であることと、幸せに生きることは同じなのだろうか?」
と問いを広げていけば、医療、福祉、経済、社会、さらには哲学の問題にまでつながっていきます。
高校生との授業では、こちらが何かを「教える」つもりで話していても、逆に生徒さんの一言から新しい発見をもらうことがあります。
今回もそうでした。
「先生、QOLってTikTokでよく使いますよ」
なるほど。
TikTokも、あなどれませんな。
