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阪神なのに「OSAKA」? 甲子園は兵庫県やのに、なんで?

阪神タイガースのユニフォームを見ていて、ふと気になるものがありました。

胸に大きく書かれた、

「OSAKA」

の文字。

ん?

阪神タイガースの本拠地って甲子園やんな?

そして甲子園球場って、大阪ちゃうよな?

そうです。阪神甲子園球場の住所は、

兵庫県西宮市甲子園町1番82号

です。間違いなく兵庫県です。

ほな、なんで「OSAKA」やねん。

調べてみると、これがなかなか面白い阪神タイガースの歴史につながっていました。

昔は「大阪タイガース」だった

実は阪神タイガース、最初から「阪神タイガース」だったわけではありません。

球団が誕生したのは1935年12月10日。

会社名は**「株式会社大阪野球倶楽部」、球団名は「大阪タイガース」**でした。

つまり「OSAKA」は突然出てきた名前ではなく、タイガースのルーツそのものなんですね。

ところが、ここでまた疑問が出てきます。

大阪タイガースやったら、大阪に本拠地があったんちゃうの?

と思いますよね。

ところが違います。

大阪タイガースなのに甲子園

甲子園球場が完成したのは1924年。タイガース誕生より11年も前です。建設したのは阪神電気鉄道でした。

そして1935年、その甲子園球場を所有していた阪神電鉄が大阪タイガースを結成します。

翌1936年には、すでに甲子園でタイガースの結成記念試合が行われています。

つまり、

大阪タイガースなのに、ホームは兵庫県の甲子園。

最初からそうだったわけです。

現在の感覚で「大阪府のチーム」「兵庫県のチーム」と考えると、ちょっと不思議ですね。

そもそも「阪神」は大阪と神戸を結ぶ名前

ここで重要なのが「阪神」という言葉です。

「阪」は大阪、「神」は神戸

阪神電鉄は、その名の通り大阪と神戸を結ぶ鉄道です。

甲子園のある西宮市は、まさにその大阪と神戸の間にあります。

ですからタイガースは、「兵庫県を代表する球団」というより、もともとは大阪―神戸という阪神地域を背景に生まれた球団と考えると分かりやすそうです。

そして巨大都市・大阪の名前を冠して「大阪タイガース」としたわけですね。

ちなみにタイガースという愛称についても面白い話があります。

阪神公式サイトによると、阪神沿線が日本有数の工業地帯だったことから、アメリカの工業都市デトロイトを本拠地とする「デトロイト・タイガース」も意識されていたそうです。

なかなか壮大です。

「阪神タイガース」になったのは1961年

長く親しまれた「大阪タイガース」という名前が現在の**「阪神タイガース」**になったのは1961年。

この年、会社名も「株式会社阪神タイガース」に変更されました。

帽子のマークも、それまで大阪を表す「O」が使われていたものから、現在につながる**「HT」**になりました。

阪神の「H」とタイガースの「T」ですね。

そう考えると、ユニフォームや帽子の文字だけでも球団の歴史が見えてきます。

そして「OSAKA」が復活

では、現在見かける「OSAKA」のユニフォームは何なのか。

これは単に「大阪で試合するからOSAKA」と書いているだけではありません。

阪神タイガース公式サイトによると、「OSAKA」の胸文字は、戦前の球団創設期に大阪タイガースが使用していた書体を再現したものです。

つまり、

「うちの球団は、もともと大阪タイガースやったんやで」

という歴史へのオマージュなんですね。

黒を基調にしたデザインにも、戦後の「ダイナマイト打線」時代の黒いユニフォームへのリスペクトが込められています。

単なる限定ユニフォームかと思ったら、かなり歴史が詰まっています。

「大阪?兵庫?」では割り切れない阪神タイガース

ということで、最初の疑問に戻りましょう。

「甲子園は兵庫県なのに、なんでOSAKA?」

答えは、

阪神タイガースは「大阪タイガース」として誕生した球団だから。

しかも面白いことに、大阪タイガース時代から本拠地は兵庫県西宮市の甲子園でした。

「大阪なのか兵庫なのか、どっちやねん!」

と言いたくなりますが、そもそも「阪神」という言葉自体が大阪と神戸を一つの地域として捉えたもの。

そう考えると、

大阪で生まれた名前を持ち、兵庫の甲子園を本拠地とし、大阪と神戸を結ぶ阪神電鉄が育ててきた球団。

これこそが阪神タイガースなのかもしれません。

胸の「OSAKA」の5文字。

何気なく見ていましたが、調べてみると90年以上の歴史が詰まっていました。

こういうのを知ってからユニフォームを見ると、野球観戦もちょっと面白くなりますね。

参考:阪神タイガース公式サイト、阪神甲子園球場公式サイト