こんにちは。あんちもです。
前回は看護小論文で効果的に使える医療・看護系キーワードについて解説しました。今回は「患者の視点と医療者の視点」について掘り下げていきます。看護学科の小論文では、同じ医療場面を異なる立場から多角的に考察する力が求められます。この多角的な視点を身につけることは、小論文だけでなく、将来の看護師としての実践においても非常に重要なスキルです。
多角的視点の重要性
看護の現場では、同じ状況に対して患者・家族・医療者など、立場によって全く異なる受け止め方があります。例えば、がん治療において:
- 患者の視点:「痛みや副作用に耐えられるだろうか」「仕事や家庭はどうなるのか」
- 家族の視点:「どうサポートすればよいのか」「経済的な負担は大丈夫か」
- 医師の視点:「最適な治療法は何か」「エビデンスに基づく判断をどう行うか」
- 看護師の視点:「患者のQOLをどう支えるか」「精神的サポートをどう提供するか」
こうした多角的な視点を小論文に取り入れることで、単一の視点からでは見えてこない問題の複雑さや奥行きを表現することができます。また、看護師は患者と医療者の間に立つ「橋渡し役」としての役割も求められるため、双方の視点を理解し統合する力は特に重要です。
患者の視点を理解する
患者の視点の特徴
患者の視点には以下のような特徴があります:
- 主観性と個別性:同じ病気でも、個人の価値観や生活背景によって受け止め方は大きく異なります
- 非専門性:医学的知識がないため、不安や誤解が生じやすい面があります
- 全人的体験:病気は身体だけでなく、心理・社会的側面にも影響します
- 時間的連続性:発症前の生活、治療中、回復後と時間的な流れの中で体験されます
患者の視点を考える際のポイント
- 疾患ではなく病い(illness)として捉える:医学的な疾患(disease)だけでなく、患者にとっての主観的な体験(illness)として考えます
- 生活者としての側面を想像する:患者は病院では「患者」ですが、本来は家庭や職場、地域での役割を持つ「生活者」です
- 心理的プロセスを理解する:診断、治療、回復など各段階での心理的反応(否認、怒り、抑うつ、受容など)があります
- 情報の非対称性を意識する:医療者と患者の間には知識や情報の格差があり、それが不安や誤解の原因になることがあります
患者視点の例文
人工呼吸器を装着した患者にとって、自分の意思を伝えることができない不自由さは計り知れない。「のどが渇いている」という単純な訴えさえ伝えられないもどかしさ、「この管をはずしてほしい」という切実な願いを表現できない無力感は、医療者には想像しづらいものかもしれない。加えて、見知らぬ機械音に囲まれた環境での不安や恐怖は、患者の精神的負担をさらに増大させる。このような患者の体験を想像することは、看護師による適切なケア提供の第一歩である。
家族の視点を理解する
家族の視点の特徴
- 二重の負担:愛する人の苦しみを見る精神的負担と、介護や経済面での実務的負担
- 情報の仲介者:患者と医療者の間の情報伝達役を担うことがある
- 決断の責任:患者が意思決定できない場合の代理意思決定者となる
- システムの一部:家族は患者を支える重要な社会的資源である
家族の視点を考える際のポイント
- 家族システムの変化を考える:一人の病気は家族全体の役割やバランスに影響します
- 介護負担を理解する:特に長期的なケアでは、介護者の疲労やバーンアウトのリスクがあります
- 家族間の価値観の違いを意識する:治療方針などで家族内でも意見が分かれることがあります
- 社会的・経済的影響を考慮する:仕事の調整や経済的負担など実務的な問題も大きいです
家族視点の例文
認知症の母を介護する娘にとって、「母のために最善を尽くしたい」という思いと「自分の生活も大切にしたい」というジレンマは日常的な葛藤である。日中の仕事と夜間の介護を両立させることの疲労感、「もっとできるはずだ」という自責の念、そして先の見えない介護への不安が絡み合う。さらに、兄弟間での介護方針の相違や責任分担の問題も潜在的なストレス要因となっている。このような家族介護者の複雑な心境を理解することは、看護師が提供する家族支援の質を高める上で不可欠である。
医療者の視点を理解する
医師の視点の特徴
- 疾患モデル:症状から診断へ、そして治療へという医学的思考
- エビデンスの重視:科学的根拠に基づく判断
- リスク・ベネフィット評価:治療効果とリスクのバランスを考慮
- 専門性と責任:最終的な医学的判断の責任を負う
看護師の視点の特徴
- 生活モデル:日常生活機能の維持・回復に焦点
- 継続的観察:24時間体制での患者の状態変化の観察
- ケアの調整:多職種間のコーディネート役
- 患者・家族との密接な関係:最も身近な医療者として感情的サポートも提供
その他の医療専門職の視点
リハビリテーション専門職、薬剤師、栄養士、ソーシャルワーカーなど、多様な専門職がそれぞれ独自の視点を持っています。多職種チームの中での各専門職の役割と視点を理解することも重要です。
医療者視点の例文
医師にとって、末期がん患者の症状緩和と生命維持のバランスは難しい判断を要する。モルヒネによる疼痛コントロールは患者のQOL向上に不可欠だが、過量投与による呼吸抑制のリスクも考慮しなければならない。また、科学的エビデンスに基づく標準治療の提供と、患者の価値観や希望を尊重することの間で葛藤することもある。 一方、看護師の視点からは、痛みの評価とケアだけでなく、患者の不安や恐怖への対応、家族のグリーフケア、そして患者が残された時間をどう過ごしたいかという希望を支えることが重要となる。医師が症状や病態に焦点を当てるのに対し、看護師は患者の全体的な体験と生活の質に焦点を当てるのである。
異なる視点を統合する方法
小論文では、これらの多様な視点をどのように統合し、自分の考えを展開するかが重要です。以下に統合のためのステップを紹介します。
1. 視点間の共通点と相違点を整理する
例えば、「治療方針の決定」という場面で:
- 共通点:患者のためにという思い、よりよい結果を願う気持ち
- 相違点:重視する価値(医学的効果 vs. 生活の質)、時間的視点(短期的 vs. 長期的)
2. 視点間の対立やジレンマを明確にする
対立する価値や利益を明確にし、そのジレンマを論述することで思考の深さを示せます。
例:「最新の治療を受ける機会」vs.「残された時間を自宅で過ごしたいという願い」
3. 看護の立場からの統合的視点を示す
看護師としての立場から、異なる視点をどう橋渡しし、統合するかという考えを示すことが重要です。
例:「患者の自己決定を支えつつ、十分な情報提供と心理的サポートを通じて、患者・家族と医療チームが共通の目標に向かって協働できるよう支援する」
実践練習:多角的視点を取り入れた小論文例
以下のテーマで、異なる視点を取り入れた小論文の例を紹介します。
テーマ:「終末期医療において、患者の意思決定を支える看護師の役割について、あなたの考えを述べなさい」(600字程度)
解答例:
終末期医療における意思決定は、患者、家族、医療者それぞれの視点が交錯する複雑なプロセスである。このプロセスにおいて看護師は、多様な視点を理解し橋渡しする重要な役割を担っている。 患者の視点からは、自分の価値観に基づいた最期を迎えたいという願いがある一方で、「家族に迷惑をかけたくない」という思いや、医学的情報の理解の難しさから、真の意思表示に困難を抱えることも多い。家族の視点からは、「大切な人を失う悲しみ」と「最善を尽くしたい」という思いの中で、特に患者が意思表示できない状況では重い決断を迫られる。医師の視点からは、医学的適応とエビデンスに基づく判断を行う責任がある。 これらの視点が交錯する中で、看護師には三つの重要な役割があると考える。第一に「情報の橋渡し役」として、医学的情報を患者・家族が理解できるよう翻訳し、また患者・家族の思いを医療チームに伝える役割である。第二に「意思決定のプロセス支援者」として、患者が自分の価値観を整理し、選択肢の意味を理解できるよう支援する役割がある。第三に「継続的な擁護者」として、決定後もその人らしさが尊重されるよう見守り続ける役割がある。 特に重要なのは、意思決定を一回の出来事ではなく、継続的なプロセスとして捉える視点である。患者の状態や思いは変化するものであり、常に患者の言葉や反応に注意を払い、必要に応じて再検討の機会を設けることが必要だ。その際、看護師は患者にとっての「最善」と「本人の希望」のバランスを常に考慮しながら、その人らしい最期を支えるための調整を行うのである。
多角的視点を身につけるためのトレーニング法
小論文で多角的視点を効果的に表現するためのトレーニング法を紹介します。
1. 立場入れ替え法
ある医療場面を想定し、患者、家族、医師、看護師など異なる立場になりきって、その状況をどう感じ、考えるかを書き出す練習です。
例題: 「肺がんと診断された65歳の男性患者に対する告知の場面」を、以下の立場からそれぞれ考えてみましょう。
- 患者本人(会社経営者)
- 妻(最初は夫に告知しないでほしいと希望)
- 主治医
- プライマリーナース
2. 視点マトリックス法
一つの問題や状況に対して、異なる立場からの「事実認識」「感情」「価値観」「行動指針」を表にまとめる方法です。
例: 「認知症高齢者の身体拘束」について考える
立場 | 事実認識 | 感情 | 価値観 | 行動指針 |
---|---|---|---|---|
患者 | なぜ縛られているのか理解できない | 恐怖、怒り、屈辱感 | 自由、尊厳 | 抵抗する |
家族 | 転倒防止のための必要措置 | 罪悪感、安心感の混在 | 安全、尊厳 | 安全と尊厳のバランスを求める |
看護師 | 転倒リスクと拘束による二次的問題のジレンマ | 倫理的葛藤 | 安全確保と自律尊重 | 代替手段の検討 |
施設管理者 | 事故リスクと人員配置の問題 | 責任の重圧 | 効率と安全管理 | マニュアル整備とリスク管理 |
3. 医療ドラマ・書籍の分析法
医療を扱ったドラマや小説、ドキュメンタリーを見て、登場人物の立場や視点の違いを分析する方法です。「医療現場の葛藤」を描いた作品は、多角的視点の理解に役立ちます。
4. 事例ディスカッション法
友人や勉強会のメンバーと、医療倫理的ジレンマを含む事例について、それぞれが異なる立場を担当してディスカッションする方法です。
次回予告と今回のまとめ
今回は「患者の視点と医療者の視点」について解説しました。同じ医療場面でも立場によって見え方や感じ方が大きく異なることを理解し、それらの多様な視点を小論文に取り入れることで、考察の深さと広がりを表現することができます。特に看護師は患者と医療チームの間に立つ存在として、これらの視点を理解し統合する力が求められます。
次回は「医療倫理のケーススタディ」について解説します。医療倫理の基本原則を理解し、倫理的ジレンマを含む事例を多角的に分析する方法について詳しく解説していきます。
皆さんの看護小論文学習が実り多きものになることを願っています。